村上小説の長編のほとんどは読んできたんですが、

「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」だけ、読んでいませんでした。



過去に2度、挑戦したことがあります。



まずは20年前。


1988年に初めて「ノルウェイの森」を読んで感動し、

その後、「風の歌を聴け」「1973年のピンボール」「羊をめぐる冒険」を読み、

ちょうど発売されたばかりの「ダンス・ダンス・ダンス」を読みました。

そして、「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」にトライしたのですが、

途中で挫折・・・。



その後は「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」を読まないまま、

短編小説を読みあさり、

長編小説については、1992年の「国境の南、太陽の西」以降、ほとんど発売と同時に読んでいます。



2度目の挑戦は、10年ほど前。

「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」を読んでいないことが引っかかっていたので、

再挑戦してみました。


それでも途中で挫折。


ずっと心に引っかかりながらも、なぜか読むことができないまま今日になりました。

いつしか、読めないから読まない状態になっていたように思います。


気にはなっているのに、読めないのはなぜだろう。


そこで、3度目の挑戦をすることにしました。


今度こそ読み終えたら感想を書きたいと思います。

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体調は随分落ち着きました。

インターネットを開いていなかったので、

世の中より少し遅れて

いくつかの情報を知ることとなりました。^^:




「1Q84」の続編については、

村上春樹さん、現在、執筆中だそうですね。



村上春樹さんの単独インタビュー

村上春樹氏インタビューから



今後の展開がとても楽しみです☆



ところで、

村上春樹さんのお父様が浄土宗の僧侶をなさっていたことは

知りませんでした。



浄土宗でよかった!

と、勝手に思っています。(^^)

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今年もまたかよぉ(><)




というのも、

この時期になると

普段ほとんど出てこない喘息が出てくるんです。



前回のブログ




またしばらくブログが滞りそうです。。。

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梅原さんが第五章で、

「平和の世であれば問題にされなかったであろう法然の専修念仏の教えを、流行思想としたのは、おそらく戦乱であっただろう。」

「・・・親鸞の激烈な言葉も、戦乱の語らせる言葉なのである。
 この源平の戦乱の中で、人間は自分の意思を超えて互いに殺しあった。武士ばかりか農民も商人もまた、その戦乱の中では多くの悪を犯したに違いないのである。悪行を犯さなかったら生きてはいけない、という時代であったに違いないのだ。」

と書いてみえます。




私もハッキリ言って、複雑な問題を抱えた現代社会においては、

すべての人間にこの教えが当てはまるとは限らないと思っています。





だからといって、親鸞の教えはもう古いとかっていうのではなく、

生きていく中で、この教えが心の支えになり、力となる状況にも出会うことがあるかもしれません。





梅原さんは、人間のおごりが人類を滅ぼすような「末法の世」だからこそ、

現代社会において「歎異抄」は必要になってくるだろうとおっしゃっています。




私は、不安や緊張を抱えた人にとっても、

親鸞の教えが力になる場合があるのではないかと思っています。

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歎異抄といえば、

「善人なをもて往生をとぐ、いはんや悪人をや」

ということばが有名。




けど、初めて目にする方にはわかりづらいですよね。




私もこの文章だけでは何のことやらって思ったんですが、

その意味を知り、

とても衝撃的な言葉となりました。





最初は、私が記憶している文章からその教えの衝撃を受けました。


私が記憶している文章の全文はこちら。



「末代無智の、在家止住の男女たらんともがらは、

こころをひとつにして、阿弥陀仏をふかくたのみまいらせて、

さらに余のかたへこころをふらず、

一心一向に、仏たすけたまえともうさん衆生をば、

たとい罪業は深重なりとも、かならず弥陀如来はすくいましますべし。

これすなわち第十八の念仏往生の誓願のこころなり。

かくのごとく決定してのうえには、ねてもさめても、いのちのあらんかぎりは、

称名念仏すべきものなり。あなかしこ、あなかしこ」





無意識に記憶してしまったとはいえ、

よくよく意味を知ってみると、ものすごい内容でした(><)





「たとい罪業は深重なりとも、かならず弥陀如来はすくいましますべし。」


ですよぉ〜!!!




どんな罪深い人であっても、阿弥陀如来は救うと言っているんですよぉ〜!!!





阿弥陀如来ってすごーーーーーーいw(・O・)w





ということで、

「善人なをもて往生をとぐ、いはんや悪人をや」

とは、

『善人ですら極楽浄土へ行くことができる、

まして悪人は、極楽浄土へ行くのは当然ではないか(梅原猛訳)』

ということなんです。




ここで、

「この文章、間違っていない???」

と思う方もおみえになるかもしれません。




「本当は、『悪人なをもて往生をとぐ、いはんや善人をや』ではないか?」と。




唯円は、そのように思われる方がおられることもご存知のようで、

ちゃーんと、『悪人なをもて往生をとぐ、いはんや善人をや』ではなく、

「善人なをもて往生をとぐ、いはんや悪人をや」であることの理由を記しています。




また、本を読みながら

「う〜ん。残念ながら私には疑わしい気持ちがあるよなぁ」

と思ったりもしたんですが、

唯円も念仏しても強い喜びの心がわいてこないし、

早く極楽浄土へ行きたいと思わないと、親鸞に尋ねたとのこと。

すると親鸞は、自分もそういう疑問を感じていたと言ったそうです。

そして、なぜ皆、疑問を抱くのか、親鸞が答えたことを記しています。




前にも書きましたが、

『歎異抄』は「唯円を通じて語られた親鸞の言葉」ですが、

親鸞の教えをとてもわかりやすく解説してくれていると思います。

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