『梅原猛の「歎異抄」入門』は、初心者の私にとって、とても読みやすい本でした。




最初に仏教についての簡単な歴史的な流れが書かれてあり、

そして、法然、親鸞、唯円への流れやそれぞれの関係性などが書かれ、

「歎異抄」の解説へと続いています。




さすが「入門」というタイトルがついているだけに、

仏教に馴染みのない方でもムリなく読める内容になっています。





さて、『歎異抄』とは、

親鸞の教えをその弟子の唯円が書いたものなんですが、

ここからは、梅原猛さんの解説をそのまま引用させていただきます。


「ここで一言するならば、この『歎異抄』の著者は言うまでもなく唯円であって親鸞その人ではない。この書には初めから終わりまで、親鸞というきわめて異常な言行をする宗教家が登場するが、それはあくまで著者たる唯円から見た親鸞の姿であり、唯円を通じて語られた親鸞の言葉である。(16−17頁より引用)」




実際に親鸞が書いた書物とは文章の響きに多少の違いがあるそうなんですが、

「・・・どちらかというと、親鸞自身が筆をとった言葉のほうが重く淀んで、わかりにくいのだ。(17頁より引用)」そうです。




「歎異抄」を読みながら、その教えの意味に疑問が頭に浮かんできたんですが、

唯円は誰もが同じ疑問を持つことがわかっているかのように、

まさにその疑問に対しての説明をしてくれているので、

最後にはクリアになっていきました。

これには驚かされましたよ。

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『歎異抄』を読んでみました。

私でもわかる本がいいと思い、

梅原猛さんが口語訳された『梅原猛の「歎異抄」入門』にしました。




ところで、なぜ、また『歎異抄』を読もうと思ったのか?



数年前にマンダラ展を見に行った時、

阿弥陀如来のポストカードを買ってきました。

仏様のポストカードはいくつか並んでいたんですが、

なぜか阿弥陀如来に親近感を覚えて選びました。



けど、なぜ阿弥陀如来なのか、去年ようやく気づきました。(^^;



父方の宗教が、浄土真宗だったからです。



一応、子どもの頃から、法事やお葬式になると、

「南無阿弥陀仏」と唱えていました。



けど、その意味を考えたことはありませんでした。



それでも、一部分、暗唱できるところもあります。

「末代無知の在家止住の男女たらんともがらは・・・」で始まる文章です。




なぜか口から出てきます。

きっと、子どもの頃から読んでいるからなんでしょうね。




そして、部屋には阿弥陀如来のポストカードを飾ってしまっていることもあり、

読まないわけにはいかないように思えてきたのです。

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「ファウスト」の2巻はちょっと挫折。

実は7月下旬以来、読むエネルギーがわかなくて、しばらく本を読んでいません。



で、気分を変えて別の本から読んでいこうと思い始めました。^^;



「ファウスト」の2巻については、またいつか・・・。

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以前、挫折したゲーテの「ファウスト」。

それでも「カラマーゾフの兄弟」からのつながりで読んでみることにしました。

とりあえず、1巻を読了。

1巻は3日くらいで読めたかな。




とはいえ、

本当に読んだのかって聞かれると

胸を張って「ハイ!」とは言えないかも。




あいからわず

途中で登場人物の存在が良く分からなくなり、

そして、中には、「なぜこのセリフ?」と考えてしまうこともあったんですが、

まずはグっとがまんして読んでみました。




その甲斐あってか、

なんとかあらすじはつかめましたよ。

以前の途中挫折した時よりは進歩したかな^^



そして、1巻を読んでわかったことは、

「ファウストはだめんずだったんだ」

ってことでした。

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ジョージ・オーウェルの「一九八四年」読了から1ヶ月近く経ちます。
(なかなかブログにまとめられなかった〜。)

私の第一声は、
『恐かったぁ〜(>_<)』


ジョージ・オーウェルの「一九八四年」は、英国では、『「読んだつもり本」の第一位』とか。


ビッグ・ブラザー率いる党に支配された社会。
人々は監視され、党に逆らうことは許されず、疑念を抱くことすら許されない。


ビッグ・ブラザーの登場は、ポスターだけだったので、ひょっとしたら本当は存在していないのかもしれないという気がしました(例えば、党が作り上げた虚構かなって思ったり。)。

けど、この「一九八四年」はスターリン批判の本とされているのだから、存在自体はしていることが前提なのかな。(実はオブライエンがビッグ・ブラザーだったのかも???)


第二部では、恋に落ちたウィンストンとジュリアが、一緒にビッグ・ブラザーを倒すのだと思いながら、
読んでいました。


第三部、2人は捕まってしまい、ジュリアとは離れ離れになり、拷問にかけられるウィンストン。


私はそれでも最初のうちはまだビッグ・ブラザーを倒すという奇跡を信じて読んでいました。


しかし、解説の表現を拝借すると、完全無欠の二重思考のオブライエンは

ホント、天才ですわ。(この物語を考えたジョージ・オーウェルが天才のなのかな。)



単純思考の私の想像をはるかにこえたオブライエンの存在で、

私の「打倒ビッグ・ブラザー」の願いは夢へと消えていきました。




巻末の解説にも書かれているけど、

ストーリーに出てくる<二重思考>(すべての党員にとって望ましくかつ必要な精神の訓練であり、その目標は矛盾する2つの事柄を同時に等しく信じるようになれることである。−解説引用)は、

社会心理学では「認知的不協和」と言われるもの。

単純な二重思考であれば私たちも通常使っていることではあるのだけど、

「カラマーゾフの兄弟」の弁護士のフェチュコーヴィチの「心理学は両刃の剣」という言葉が思い出されました。

心理的見地の解釈を間違えたり、科学的に悪用したりすると、

恐ろしいほどマイナスに働くものであるということを再び痛感させられました。




結局、最後にウィンストンは殺されてしまいます。

ハッピーエンドを期待していただけに、

救われない展開に、しばらく恐怖の余韻が続きました。




今のところ私の感想をまとめると以上ですが、

また、思いついたら追加していくかもしれません。

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